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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話八朔の吉原遊廓、大門の前で男たちが噂をしている。
「聞いたかえ、絵師の大勝負の話」
「ああ、あの渓斎英泉が、馬鹿でッけえ大屏風絵を描いて京町一丁目岡本屋の紫野花魁に送ったんだとよ。今日の夜見世からしばらく岡本屋の間口に飾るんだそうだ」
「へえ、さすがだな。わっちも早くその大屏風にお目にかかりてえや」
「俺ア今晩、岡本屋に決めたぜ」
「そんならわっちもだ。そんでもって、英泉の勝負の相手は何を描いたんでい」
「それが、もう一方の国なんとかって奴は・・・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
京町一丁目、妓楼岡本屋の二階。
みつは持ち部屋の鏡台の前で髪結いに髪を触らせながら、鏡に映った己の顔を血の滲みそうなほど鋭利な眼差しで見つめていた。頬にはらりと掛かった一条の毛すら煩わしく、白い手の甲で払いのける。
「花魁、何か怒っちゃいやせんかイ」
みつはハッとして表情を和らげ、
「何言うの、徳蔵。道中が久しぶりすぎて緊張してるだけよ」
「そうですかい、そうだよなア。