【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第29話 (10/12ページ)
- タグ:
-
小説
京町一丁目岡本屋、紫野花魁の一世一代の道中がようやく、始まる。
岡本屋ののれんをくぐるととんでもない数の見物人が押し合いへし合い、紫野花魁の道中を見に押しかけていた。
お内儀手ずから仕込まれた外八文字を踏んで京町一丁目の木戸門をくぐり、並んだ行燈の灯がおぼろに霞む仲之町に出る。
その時だった。
「紫野花魁、日本一!」
見物人の一人が、芝居の大向こうのような声を発してから、手に持っていた紙をばっと掲げた。それに続いて、見物人が次々にそれぞれ手に持った紙をみつに向かって掲げ始めた。
(え・・・・・・?)
色のないみつの視界が、じんわり、色づいてづいてゆく。
自分の歩む道すじに、無数の見物人の手によって掲げられた百にもそれ以上にも見える数多の紙を見て泣きそうになった。
(これが、国芳はんの。・・・・・・)
その一枚一枚が、国芳がみつのために描きあげた作品だったのだ。
白無垢の紫野花魁の歩む道すじを色鮮やかに照らす、百八枚の水滸伝の豪傑。
どれもが、少し前まで稚拙だった国芳の筆とは異なっていた。
国芳は、確かな筆運びで躍動する豪傑の肉体を捉え、恐ろしいほどの緻密さで髪の毛筋と刺青までもを描き込んでいた。
そして様々な濃淡に磨り分けられた墨によって描かれた細やかな線が、行燈の薄明かりに照らされて鮮明になったり消えたりした。