【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第29話 (3/12ページ)
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髪結いの徳蔵はみつの強張った肩を軽く揉みほぐしてから次の間に移動して行った。入れ替わるように、妹女郎の美のるがみつの着付けのために入ってくる。新造の美のるは鮮やかな青花の鱗紋地に鯉の滝登りの図を染め抜いた美しい振袖の裾を引き、きなり銀の花唐草の帯を前で締め、すっかり洒脱に仕上がっていた。
「まだ、国芳はんの絵は届かないかえ」
「・・・・・・うん、姐さん。届かないの」
美のるは泣きそうな顔で言った。
「そっか」
「姐さんが渓斎英泉の馴染みになるって決めたんなら仕方ないけど、あたし、やっぱり姐さんの花嫁道中はあの人のためにして欲しかった」
みつが国芳に惚れていることを知る美のるが、綺麗に化粧した小粒な目にきらきら光る涙を溜めて言った。
「あたしはもう充分すぎるくらいに幸せだよ。美のるみたいな可愛い妹が居て、こんな綺麗な白無垢用意してもらえて、道中までさせてもらえるんだからさ」
背後の衣紋掛けに吊るされた純白の白無垢を振り返り、みつはしみじみと言った。
寛政の改革以来、道中の数も取り締まられて、今は多くの若い女郎が誰に知られることもなく吉原の片隅で毎日ひっそりと初花を散らしてゆく時代だ。そんな中で白無垢姿の八朔に花魁道中ができるのはほんの一握の女郎のみであった。
白無垢は、月下美人の花開くがごとく光を発しながら、みつが袖を通す時を静かに待ちわびている。
八月朔日。
今日、みつはこの白無垢に身を包み、女郎になったその日以来の花魁道中をする。
向かう先は渓斎英泉の待つ引手茶屋だ。
結局、夕刻になっても国芳からの絵は届かなかった。