【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第29話 (6/12ページ)
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遣り手には申し訳ないと思うものの、道中を前にいつになくはしゃいでいる子どもたちを見ると、みつは微笑みをこぼさずには居られなかった。
怒り狂う遣り手の声を聞きつけて、背後の廻し部屋から妹女郎たちが出て来、同時に一階からお内儀も上がってきた。
「何々、どうしたの」
そう言って近づいてきた妹女郎たちの下くちびるも、てらてらと光っている。
「おめえらもかい!」
遣り手はひっくり返った。
「え、何が?」
「そのくちびる!なんだね、流行ってんのかい⁉」
「下くちびるだけ濃くして玉虫色に光らせるの、紫野姐さんがやっていたのが粋だったから真似したんだ」
「娑婆じゃア、笹色紅とかいうんだって」
若い女郎たちが子どもよりも喧(やかま)しく話すので、遣り手もついに怒る気をなくして、
「そうかい、そうかい!そうまで言うならもう、良いよ!おめえら、そのくちびるで紫野にあやかって、たあんと稼いでくるんだよ!今日は八朔だからね!」
「無理だよ、くちびるのかたちが紫野姐さんとは全然違げえもの!」
いつもお茶っ挽きの妹女郎がからりと明るく笑って言い返したために、皆が頷いて大笑いした。
驚いた事に、遣り手ですら噴き出しそうになったのか、必死に堪えて口を歪ませていた。
岡本屋で、大人も子どもも寄り集まってこんなに笑い声が響いたのは、みつが知る限り、初めての出来事であった。