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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話国芳の棲む裏長屋の立て付けの悪い腰高障子が、ばきっと嫌な音を立てて開いた。
「畜生、今日は風が強えな。凩(こがらし)が渦を巻いてやがらア」
腕を擦り擦り、土間に踏み込んで来たのは大きな襟巻きをざっくり巻いた渓斎英泉である。吉原遊廓での大勝負以来、英泉と国芳はこうして度々交流を持つようになった。
「おい、《ふらふら》よ」
英泉は、得意な分野を決めずにふらふら好きなように描いている国芳の事を《ふらふら》などと呼ぶ。
「へい!?」
国芳は集中して何か描いていたらしく、四畳半のど真ん中で床に這いつくばったまま顔だけ上げた。その顔を見るなり英泉はぷっと吹いた。
「どうされやした、師匠」
英泉は自分の鼻を指して、
「鼻の頭に、墨。・・・・・・」
あ、失礼、と国芳は手の甲でぐしっと鼻を拭い、こっちが気恥ずかしくなるような爽やかな照れ笑いをした。
「いやね、人に会わせようと思って。