上野国の土豪として始まり、やがて豊臣秀吉の傘下に入り、さらに独立大名として戦国の世を颯爽と駆け抜けた真田一族。
その真田一族の中でも、真田幸隆・昌幸・信繁・信幸の三代にわたる事績を紹介していく。
真田昌幸像「信濃真田家13代当主・幸正所蔵」 (Wikipedia)
【後編】では、徳川家康に二度までも煮え湯を飲ませた知将・真田昌幸について、その後半生ともいえる「第二次上田合戦」以降の人生についてお話ししよう。
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家康を二度破った知将・真田昌幸 武田信玄に“我が両眼の如し”と称された伝説的な戦功の数々【前編】 豊臣傘下の大名として小田原征伐・朝鮮出兵に参加「第一次上田合戦」で徳川家康を破った真田昌幸は、豊臣系大名の間で広く知られる存在となった。秀吉は、昌幸をして“表裏比興の者”と称したと伝わる。