【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (11/17ページ)
長らく会わずにいた師の病みついた目の玉には、目脂(めやに)だけでなく何か死に近い濁ったものが浮いている気がした。
豊国は乾いたくちびるを開いた。
「国芳、か」。
うん、と国芳は頷いた。
「ただいま、父っつぁん」
涙がぽつんと、こぼれ落ちた。
馬鹿野郎、と豊国はしわがれた声で言った。
「帰りが、遅すぎだ」
「うん」
「今度お前が来たら一言、言ってやろうと思ってた」
「うん」
末の弟子でありながら悪態をついて飛び出し、こうなるまで一度も師の事を顧みなかった。
罵られても、馬鹿にされても構わない。
ただずっとこうして、師と言葉を交わしたかった。
豊国は唇の隙間から風の漏れるように静かに笑って、震える手で懐から何かを取り出した。広げて見せたのは、昨年の月見で国芳が描いた「雪月花」の「月」の図であった。長い事懐に仕舞っていたのか、くしゃくしゃになっている。
歌川国芳「あふみや紋彦」国会図書館蔵
「おめえ、良い絵を描くようになったな・・・・・・」
国芳の目は大きく見開かれた。
「そりゃねえよ、父っつぁん・・・・・・」
国芳は、力の抜けるような声でフハッと笑った。
「国貞兄さんにいつも言うみてえに、ここが駄目だとかこの線が歪んでるとか、もっとなんか、言う事アねえのかよ。なんでわっちにはそれだけ・・・・・・ッ」
最後までは言えなかった。
照れ隠しに憎まれ口を叩いてみても、十四年のうちにようやく貰えたたった一つの褒め言葉が嬉しくて、後から後から涙がこぼれ落ちる。
豊国は再び目を閉じて、小さくクックッと喉の奥で笑った。