【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (14/17ページ)
「こいつを、豊国にしよう、と」。
その日から豊国は、国貞を誰よりも一番厳しく指南した。自分の分身を作る心算で、一切妥協をせず全身全霊で絵を教えた。国貞の筆はみるみる磨かれ、ますます粋に、ますます洒脱に、江戸の誰もが憧れるような役者絵を描くようになった。しかしその筆の精彩が増す傍らで、国貞の表情はどんどん厳しくなり感情を己の中で殺すようになったのにも豊国は気が付いていた。
「申し訳なかった。二十歳そこそこの遊び盛りにおめえから自由を奪い、吉原(なか)に行くにも全て仕事の関係でしか行かせなかった」
その頃から、豊国は弟子たちの前で豪語するようになった。
「歌川にあらずば絵師にあらず。他の絵描きは曲芸でしかない。人に好まれる理想の絵の描けない者に、価値などない」
と。
いつまで経っても売れない弟子たちには、容赦なく「おめえらの努力が足りねえからだ」と叩き付けた。国貞の少し後に入った国丸や国安にも、まだほんの子どもだという時分に指から血が出るほど描かせた。
「今でこそ奴らアあんな風に笑っているが、あの頃は二人とも泣きながら死にものぐるいで付いてきていたよ。むごい事をした。わっちは、本当に出来すぎた弟子たちに恵まれた。特に、国貞。おめえにゃ他たア比較にならねえほど酷な教え方をしたが、お前は顔色一つ変えずに何度も何度も描き続け、世の希求に柔軟に応えられる歌川派の絵師の鑑となった。いつのまにか、かつての国政のようにわっちにとって頼もしい存在になってくれた」
しかし、と豊国は皺の深い手で顔を覆った。
その陰には、わっちの理不尽なまでの厳しさについてゆけなくなった者たちが確かにいたのだ、と。
「些細な理由で芽が出ず自分でも焦っているところに、わっちが戯言を喚いたばかりに行き場を失くして落ちこぼれてしまった者たちが・・・・・・」
豊国がその事に気が付いたのは、当時一番末っ子の弟子だった国直が十七歳で売れた時だった。若い国直が突然豆が弾けたように一気に売れはじめると、国直は一門の何者によって目を潰されかけた。間違いなく豊国が置き去りにした多くの弟子たちの中の誰かの所業であった。