【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (17/17ページ)

Japaaan

自信ねえけど、やってみるよ」

国芳の強い眼光を見届け、豊国は優しく頷いた。

「国貞」

国貞は迷子の子どものような表情で、豊国の手に縋った。

「今まで辛い思いをさせて悪かったな。もうおめえを縛るもんは何もねえ。おめえは、新しい時代の豊国になれ。わっちのなれなかった豊国に。笑いたい時には笑い、怒りたい時には怒り、泣きたい時には泣いて心のままに生きる、そういう粋な豊国に・・・・・・」

国貞は国芳の知る限り初めて、泣いた。その子どものような素直な泣き方を、国芳は意外に思った。

豊国は溜め息を吐くように、言った。

「ほんに、おめえらが弟子で、幸せ・・・」

つむった目尻から、つうと涙が一條流れて落ちた。

国芳が握る右手は、かつて幾千の作品を生み出した奇跡の天才絵師の右手であった。国貞が縋る左手は、かつて何人もの弟子達の頭を何度も撫ぜた、優しい父親の左手であった。

「おめえらは、わっちの大切な」。・・・・・・

大切な、何だったのかは二人には聞き取れなかった。

ただ、底抜けに明るく笑った豊国の顔が、国芳と国貞の頭から永遠に離れない記憶となった。

文政八年一月八日晩、二人の師であり父親であった豊国が息を引き取った。

国芳は、豊国と見た大きな背美鯨が忘れられずに、随分経ってからあの鯨を描いた。三枚摺の、大作であった。

歌川国芳「宮本武蔵の鯨退治」

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