【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第25話 (6/9ページ)
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「やアねえ、先生ってば!そんな面白い事言って!」
「ほんに、先生の絵って粋ちょんだわア!」
先生先生という呼び声に、ぴくり、と国芳の耳が反応した。
(今確かに、絵と言ったな)
わっちがこんな空っ風に吹かれている時に、女を船に乗せて乱痴気騒ぎをしている浮かれた絵描きはどこのどいつだ。ちょいと顔でも見てやろう。
国芳は、軽い気持ちで橋の欄干から舟上の遊客を見下ろした。
(あっ!・・・・・・)
見た瞬間、全身の血が逆流したようであった。沸騰するほど身体が熱くなり、頭が殴られたようにぐわんぐわんと揺れた。
(国貞の兄さん・・・・・・!)
豊国の死後、あんなに憔悴していた国貞が、泥酔してすだれを上げた屋根船から身を乗り出し、女と戯れている。
まさに、国芳が喉が手が出るほど欲しい栄誉を手にした者の姿であった。
(どうしたって、国貞兄さんには、敵わねえ・・・・・・)
国貞の姿を見るたびに突きつけられるその事実に、国芳は砕けるほど歯を噛み締めていた。
そうしているうちに、いよいよ酔態の極まった国貞は、舟から乗り出して盛んに何かを叫び始めた。
(あの狐、相当酔っていやがる。何を言っているんだ)
国芳が耳をそばだてると、国貞の声が風に乗って飛び込んできた。
「私はア!いつか!いつかかならず!豊国になるぞオ!」・・・・・・
・・・・・・
胸の奥をぎゅっと、鷲掴みにされるような思いがした。
豊国の最期の病床で、「俺の名跡を継げ」と口約束で託されたのは国貞だった。
しかし葬式の後、実際に二代目豊国を継いだのは国貞ではなく、元々豊国と養子縁組をしていた国重という兄弟子だった。道理とはいえ、誰よりも豊国を敬愛し追随してきた国貞は、結局豊国にはなれなかったのである。
(国貞兄さんほどの人でも、苦い思いを抱えて生きている・・・・・・)
初めは劣情で沸騰した血も、だんだん遠ざかる国貞の痛々しいまでの乱痴気ぶりを見るほどに切なくなり、いつの間にかしんと静かになった。