【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第25話 (1/9ページ)
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 ◾文政八年 初夏まっさらな紙の上を、漆黒の筆先が滑る。
緩やかな曲線、かと思えば突然、かっと威勢のいい角が現れたりする。
筆遣いには迷いも曇りもない。
男の腕は躍動する。
心のまま、紙の中に墨染の生命を注ぎ込む。
最後に黒目を描き入れると、一個の生命が誕生した。ぺろりと舌舐めずりしたところで集中が途切れて、
「それにしても・・・」、
はた、と男は我に帰った。
「仕事が来ねえ」。
浮世絵師・歌川国芳に、今年も冴えない夏が来た。
親友の佐吉が見ている傍で、国芳はついに筆を放り出し、袖枕でゴロリと寝転んだ。いつもその場所に寝そべるものだから、もうそろそろその場所に国芳の人型の跡が付いてもおかしくないと佐吉は思っている。
国芳のそんな態度とは裏腹に、机上に広げたままの素描帳には描き散らされた禍々しい鰐やら巨大な鯉の化け物やらが、今にも襲いかかりそうに躍動している。
佐吉はそれを覗き込んでニコリと笑った。
「芳さん、最近また、絵が変わったな」
「そうか?」
「前より、随分鮮やかになった」
「ただの墨描きだぜ」
と国芳は怖い顔で毒づく。彼なりの照れ隠しである。
「だから、線画が鮮やかになった。力強いっていうか、迷いがないっていうか」
「そうかよ」
「それにさ、なんだか」、
佐吉は腕組みして言った。
「生きてるみてえだ」。
