【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話 (5/13ページ)
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「うん。悪くない。あんたとなら」・・・・・・
二人は潤んだような目で互いを見つめた。
そして視線が固く結び合ったその時、誰かがみつの肩口を叩いた。
「ちょいと失礼。あーたの間夫、絵描きなのかえ?」
・・・・・・「え?」
みつはふわりと男を見上げた。
国芳よりは年嵩に見えた。
涼しげな麻の着物は着馴染んだ様子で、あごには無精髭を生やし、お世辞にも清潔とは言えない。しかしそれが不思議と男の雰囲気に合った。
「ああ、違えねえ。たしかに筆だこがある。そんなら話が早い。おい、若えの。あーしも絵描きだ。同業のよしみで、あーたの女をあーしに譲ってくんな」
「はあ!?」
国芳はガタンと立ち上がり、凄んだ。
「おお怖い怖い。別に本気で譲れというのじゃあねえさ。あーしはこの花魁を客として買おうって話だ」
「なんでえ、急に横入りしてきた上にみつを譲れだと!?けしからねえ野郎だな!」
「あら、善はんと仲良くなるのは悪い話じゃおっせんわいな」
善と呼ばれた男の陰に腰掛けていた女が、うぐいすが味醂を舐めたような甘ったるい声音で国芳を制した。洗いたての艶やかな黒髪がはらりとしだれかかる細面の美人だ。
「善はんはこれでも人気絵師。どんな女も綺麗に描かさんす」
女の億劫げな受け口がため息をこぼすように言葉を吐いた。
顔にかかった髪を払うと女の顔が露わになった。どこか不安げな眉、切れあがった目に暗い陰翳を落とす濃い睫毛、すっと通った鼻梁。万人受けする容貌ではないが、なぜかその一つ一つからぞっとするほどの色気が香った。