【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第28話 (2/13ページ)
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中には、植物の代わりにアカニシという巻貝を「海鬼灯(うみほおずき)」という名前で売っている場合もある。そういうものだと伝えると、へえ、とみつは驚いた。
「廓内には昔から沢山々々、鬼灯があるよ」
吉原では娑婆のような鬼灯市こそないものの、鬼灯はそこかしこに自生していて、親しみ深い植物である。みつは慣れた手つきでその包皮を剥き、丸い実の中身を器用に掻き出し、口の中に放り込んだ。すると、ぷくぷく楽しい音が鳴った。
「へえ、乙なもんだな」
「面白いでしょう」
「どうでえ、わっちにもやらせてみねえ」
国芳がみつの作った鬼灯の笛を口に放り込んだ。しかしやってみるとすぅ、と空気が抜けるばかりで、一向に音が鳴らない。
「空気をちゃんと入れなきゃ駄目よ」
「なんでえ、鳴りゃしねえ」
国芳は歩きながらしばらくスカスカ気の抜けた音のする鬼灯笛と格闘していたが、余りにも下手なのでみつが隣で口を手で覆って笑い始めた。
「食べちゃ駄目だよ。毒があるから」
「誰が食うもんか!」
国芳は路端にペッと吐き棄てて、二人でけらけら笑った。
京町二丁目を抜けて吉原の角の「九郎助稲荷」に近づくと、なるほどあんを砂糖で煮詰める甘い匂いが優しく漂い始めた。
姐やんのあんころ餅屋の匂いである。
「はあ、こんな所に見世があるなア知らなかったぜ」
と国芳が首を傾げると、今年はじめたばかりだという。その姐やんという花魁上がりの女は、無事に年季明けを迎えたばかりでなく想い人との約束を遂げた事で若い女郎たちからお稲荷と同じような扱いを受け、あんころ餅屋もひどく繁盛しているらしい。