最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話 (5/15ページ)
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小説
「大切な子だったんだ。あの子の母親もうちの看板女郎でね。腹に子が居着いたと分かった時にゃこっちも慌てたさ。散々堕ろせと説得したのに、母親が『嫌だ産むんだ』と聞かなくてね。十月(とつき)も休んであの子を産んで戻ってきた頃には借金も随分嵩んでたからね、前の倍くらい働くようになった。結局、無理がたたって鳥屋(とや)に就(つ)いちまって哀れな最期さ。借金と幼い紫野だけが残された。孫と思って大切に育てたよ。だからあの子が十二で色盲になった時、どうしてでも守り通してやんなきゃって」
「知ってたのか」
国芳が、ほとんど聞こえないほどの力ない声で訊いた。
「あたしだけはね。あの子は騙せてると思っていたろうけど」
ある時から、外に出るとやたら眩しそうに目を瞬くようになってね。色盲てえなア、陽の光が苦手なんだってね。幸いにしてほとんど外に出なくて良い引っ込み禿(かむろ)だったから、ちょうど良かったんだ。
「大変だったよ。ちょうど化粧を教え始める頃だったからさ。間違わないように何度も教えた。でもやっぱり苦手みたいだったね。そんな具合であの子、化粧っ気もあまりなかったんだ。だから、あの子がいきなり笹色紅(ささいろべに)を試した時はびっくりしたよ。間違って塗ったと思った。紫野が手前から化粧の色を楽しむ事なんて、今までだったら出来るはずもなかったから」。
ねえ、歌川はん。
あんたに出会って、紫野は確かに変わった。
「あの子に色を楽しむ事を教えたのは、あんただったんだね」・・・・・・。
最後はくちびるに紅を差す代わりに床の間に飾っていた紅のような赤い椿を持ってね、腹を痛めて苦しかったろうに安らかな顔で死んでいたよ。
色のないはずの椿が、もしかしたら最後は綺麗な紅に見えたのかもしれない。
お内儀はそう言って国芳に向かって紅椿を差し出して、微笑した。
「死んでいるのに、あの子とても綺麗だった・・・・・・」。