最終話【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第33話 (8/15ページ)

Japaaan

国芳はんは本当に馬鹿」・・・・・・

くちびるを離したみつは、くすっと少女のように可憐に笑った。

「笑わせなきゃいけないじゃない。笑わせたい、でしょう」。

国芳は袈裟懸けに斬りつけられたような表情で、みつの目を見つめた。

「江戸中を笑わせたいと、あんたが思っているんでしょう」。

ふと、顔が浮かんだ。

吉原遊廓で凧を受け取る幼い禿(かむろ)たちの喜ぶ顔。

加賀屋で国芳の絵を買い求める江戸の人々の輝く笑顔。

佐吉の顔、豊国の顔、国貞、国直、たくさんの兄弟子たちの顔、英泉の顔、北斎の顔。

今日までの人生の中で一点でも交わった顔が、次々に国芳の脳裏に浮かんだ。

「あんたはまだ、何も終わっちゃいない。浮世の夢はたった今、始まったの。あんたの中に渦巻いてる面白いもの、描きたいもの、やりたい事。あんたはまだ、何一つ出し切っちゃいないでしょう」、

みつが国芳のおでこをこつんと弾いた。

「もう充分だってくらいに笑いを取ってからこっちにおいで、お馬鹿はん」。

国芳はしばらく口をパクパクさせていたが、

「・・・・・・チクショウ」、

チクショウ。

「そんなに馬鹿馬鹿、言うんじゃねエや」

ようやくそれだけを掠(かす)れた声で言った。

「分アったよ」、

頷くと今度は、べそっかきの子供のように涙が後から後から溢れ始めた。

「めえが笑ってくれるなら、わっちゃア馬鹿にでも何にでもなってみせらア」、

泣きながら、国芳は誓った。

「めえが、この江戸の何処(どこ)かで笑って見ていてくれるなら・・・・・・ッ!」

嗚咽し洟(はな)を垂らし、江戸で一番情けないぐしゃぐしゃの男の顔がそこにあった。

その情けない男は、これ以降泣き言一つ漏らさず言葉通りに努力を重ね、やがて江戸で最も面白く奇想に溢れた浮世絵を生む男になるのである。

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