前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その3】 (9/10ページ)
臆病風に取り付かれた慶喜は、恐怖のあまり、大坂城から江戸に逃げ帰った……ということなのであろうか。
禁門の変で、慶喜が長州軍を阻止した御所・蛤御門。(写真:T.TAKANO)
まとめに代えて・慶喜恭順の代償
将軍就任前、禁裏御守衛総督時代の慶喜。(写真:Wikipedia)
3回にわたり、徳川慶喜がなぜ大坂城から逃げ出したのかを考察してきた。
「尊王説」「深慮説」「変節説」はいずれも可能性がありそうだが、どれが真実であるかは、残念ながら確証はできない。
そこで、最後に私見を交えながら、まとめに代えたいと思う。
徳川慶喜の人物像を俯瞰すると、とびぬけて頭が良く、弁の立つ人物だというのは間違いないだろう。