大名から農民に、お家再興まで苦難の連続…「最後の大名」林忠崇の人生が波乱万丈すぎ!【後編】 (8/10ページ)

Japaaan

「チヱ……」

「お母さま……」

糟糠の妻を喪った哀しみ(イメージ)

チヱとの間に授かった一人娘・ミツを育て上げた忠崇は、大正4年(1915年)に彼女の嫁ぎ先である岡山県へ移住。婿の妹尾順平(せのお じゅんぺい)と同居しました。

この妹尾順平は一族で経営する妹尾銀行の頭取を勤め、後に衆議院議員となりますが、昭和5年(1930年)にミツと離婚。

再び父娘の二人暮らしとなり、妹尾から譲り受けたミカド商会を経営。後に会社をたたんでアパート経営を始めました。

「大名から農民に、お家再興まで苦難の連続…「最後の大名」林忠崇の人生が波乱万丈すぎ!【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、広部精林忠弘林忠崇大名昭和時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る