大名から農民に、お家再興まで苦難の連続…「最後の大名」林忠崇の人生が波乱万丈すぎ!【後編】 (9/10ページ)
「最後の大名」その晩年と辞世
やがて昭和12年(1937年)に旧広島藩主であった浅野長勲(あさの ながこと)が亡くなると、忠崇は江戸時代から生き残った「最後の大名」として注目を浴びるようになります。
忠崇は老いてなお矍鑠として時折メディアの取材に応じたり、近所の人々に鎖鎌など武芸を教えたり、好きな絵画を楽しんだり、と充実した晩年を過ごしたそうです。
戊辰戦争から半世紀以上が過ぎても忠崇は武士の嗜みとして剣術の鍛錬を怠らず、寝る時も仰向け(仰臥)ではなく、心臓を刺突されぬよう左半身を下に横臥。また枕元には護身用の十手を欠かさなかったと言います。
そして昭和16年(1941年)に94歳で世を去るのですが、周囲の者から辞世を詠むよう求められた際「明治元年にやったから、今はない」と答えたそうです。