後鳥羽上皇、ついに挙兵!北条義時の義兄弟・伊賀光季の壮絶な最期・前編【鎌倉殿の13人】 (3/6ページ)

Japaaan

ただしそれがしは鎌倉の命によって京都守護職を預かっているものですから、まずは鎌倉へ指示を仰いでから参ります」

やはり胤義の申した通りか……後鳥羽上皇は重ねて召し出します。

「特に変な意味ではないし、難しく考える必要はない。上皇陛下が直々のお召しであるのだから、つべこべ言わんでさっさと参れ」

変な意味でないとわざわざ言っている時点で変な意味じゃなかった例しはない……ここで断れば命がないと覚悟の上で、なおも光季は断りました。

「では、まずはどんな意味であるのか詳しくお教えいただき、その上で鎌倉の指示を受けて参上したく思います」

おのれ伊賀め、一度ならず二度までも……ここに後鳥羽上皇は胤義に光季の討伐を命じます。が、今日はもう遅いので討伐は明日に先延ばしします。

逃げるか?戦うか?光季の決断やいかに

一方、後鳥羽上皇のお召しを断ってしまった以上、討たれることが確実な伊賀光季たち。

「こんなバカげたことで討たれるのは無念にも程があります。今夜じゅうに京を脱して美濃・尾張まで駆け、すぐにでも鎌倉へ戻りましょう」

「東海道が無理なら北陸道から迂回するルートもあります。どうかお考え下され」

口々に訴える郎党たちを、光季は穏やかに諭します。

「それはできない相談だ。もし我が身惜しさに逃げ出せば、北条(義時)殿より京都守護をお任せいただいた信頼を裏切ることになってしまう。そもそも考えてみろ。上皇陛下が鎌倉を討つなどという計画を、思いつきで言い出すはずもない。となれば、鎌倉への道中は既に手の者が配されているはず。ここは踏みとどまって戦い、最期まで無実潔白を訴えるのだ」

そこまでの覚悟があるなら、もはや郎党から意見することもできず、夜が更けるにしたがって兵たちは一人また一人と逃げ出していきました。

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