「鎌倉殿の13人」繰り返される挑発に爆発寸前!北条義時・和田義盛の開戦前夜…第40回放送「罠と罠」予習【下】 (5/10ページ)

Japaaan

27歳の若さで出家したのでした。

和田平太胤長屋地在荏柄前。依爲御所東隣。昵近之士面々頻望申之。而今日。左衛門尉義盛属女房五條局。愁申云。自故將軍御時。一族領所収公之時。未被仰他人。彼地適有宿直祗候之便。可令拝領之歟云々。忽令達之。殊成喜悦之思云々。

※『吾妻鏡』建暦3年(1213年)3月25日条

「……平太(胤長)の館を、下げ渡していただきたい」

義盛は、亡き頼朝公の時代から通例であった通り、胤長の館を求めます。罪によって没収された土地や館は、その一族に下げ渡されるのが習わしでした。

「もちろん、いいとも!」

「ありがとうございます。これで出仕も楽になります」

胤長の館は将軍御所のすぐ東隣なので便利ですが、これに横槍を入れたのが又しても義時です。

「いけません!あんな場所を与えたら、鎌倉殿の喉元に刃を突きつけさせるようなものです!」

「そなたの気持ちも解りますが、和田を侮ってはなりませんよ」

母の尼御台・政子(演:小池栄子)もこれは看過できずに口添え。結局実朝は折れて義盛への許可を撤回、胤長の館は改めて義時に与えられたのでした。

和田一族と鎌倉殿の板挟みになり、出家した和田朝盛

相州被拝領胤長荏柄前屋地。則分給于行親。忠家之間。追出前給人。和田左衛門尉義盛代官久野谷弥次郎各所卜居也。義盛雖含欝陶。論勝劣。已如虎鼠。仍再不能申子細云々。先日相率一類。參訴胤長事之時。敢無恩許沙汰。剩面縛其身。渡一族之眼前。被下判官。稱失列參之眉目。自彼日悉止出仕畢。其後。義盛給件屋地。聊欲慰怨念之處。不事問被替。逆心弥不止而起云々。

※『吾妻鏡』建暦3年(1213年)4月2日条

「何、小四郎のヤツが我が代官を追い出し、平太の館を奪い取っただと!」

鎌倉殿の命令を意のままに操る義時を前に、義盛は歯噛みするばかりです。

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