「鎌倉殿の13人」公式記録『吾妻鏡』から実朝暗殺と公暁の末路をたどる。第45回放送「八幡宮の石段」予習 (2/10ページ)
ドキュメント1219.1.27……『吾妻鏡』が伝える実朝暗殺
まずは『吾妻鏡』建保7年(1219年)1月27日条から。長いので、こまめに意訳していきます。
……令入宮寺樓門御之時。右京兆俄有心神御違例事。讓御劔於仲章朝臣。退去給。於神宮寺。御解脱之後。令歸小町御亭給……
【意訳】八幡宮寺の楼門に入ろうという時になって、義時(右京兆)がにわかに体調不良を訴えました。それで太刀持ちの役目を仲章に代わってもらい、小町の自邸まで帰ります。
……及夜陰。神拝事終。漸令退出御之處。當宮別當阿闍梨公曉窺來于石階之際。取劔奉侵丞相……
【意訳】夜になって神事が終わり、退出した実朝が石段に差しかかったところ、別当の阿闍梨公暁が抜刀して実朝(丞相≒右大臣)を斬り殺し(侵し奉り)ました。
……其後隨兵等雖馳駕于宮中〔武田五郎信光進先登〕。無所覓讎敵。或人云。於上宮之砌。別當阿闍梨公曉討父敵之由。被名謁云々……