「鎌倉殿の13人」尼将軍・政子の伝説が幕開け!第46回放送「将軍になった女」予習 (2/11ページ)

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冷泉宮兩所之間。爲關關(東)將軍可令下向御之由。禪定二位家令申給之使節也。宿老御家人又捧連署奏状。望此事云云。

※『吾妻鏡』建保7年(1219年)2月13日条

1月27日の事件後、政子は二階堂行光(にかいどう ゆきみつ。二階堂行政の子)を京都へ派遣しました。用件はもちろん、親王殿下の鎌倉下向をお願いするためです。

「六条宮(ろくじょうのみや。雅成親王)か、冷泉宮(れいぜいのみや。頼仁親王)を鎌倉へお遣わし頂きたい」

卯剋。伊賀太郎左衛門尉光季爲京都警固上洛……。

※『吾妻鏡』建保7年(1219年)2月14日条

「坂東で鎌倉殿が暗殺されて、京都も何かと不穏と言いますから、伊賀殿に警護させましょう」

という名目で翌2月14日、伊賀光季(いが みつすえ。“のえ”の兄弟で、義時の義兄弟)の軍勢を京都へ派遣しました。京都守護とはもちろん名目、親王下向のお願いを後押しする(朝廷に圧力をかける)ためです。

上洛する伊賀光季たち(イメージ)

武藏守親廣入道爲京都守護上洛。

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