「鎌倉殿の13人」尼将軍・政子の伝説が幕開け!第46回放送「将軍になった女」予習 (6/11ページ)
どうやら後鳥羽上皇が寵愛している白拍子・亀菊(かめぎく。長江荘・倉橋荘を与えられていた)が「あそこの地頭が気に入らないからクビにして」などとおねだりしたからとのこと。
しかしこの要求を受け入れてしまえば、今後鎌倉の人事に朝廷が介入する悪しき前例となることは間違いないでしょう。
とは言え院宣ですから、やたらと突っぱねれば朝敵の烙印をおされてしまうリスクがあります。加えて親王殿下の鎌倉下向も反故にされてしまうかも知れません。
「……十分な検討の上で、ご回答申し上げます」
義時としては、とりあえずそう答えるよりないでしょう。忠綱は返事を聞くまでもなく3月11日に帰っていきました。
今曉。御使忠綱朝臣歸洛。申刻。伊賀太郎左衛門尉光季飛脚參着。去月晦日江州有謀叛輩之由。風聞之間。自今月一日至同四日。雖搜求無其實。但有疑貽。一兩輩生虜。是刑部僧正長賢一族之由申之。
※『吾妻鏡』建保7年(1219年)3月11日条
「さて、どうしたものか……」
義時が頭を抱えていると、京都から伊賀光季の使者が到着します。