「どうする家康」もう君と同じ星は見えない…第40回放送「天下人家康」振り返り (6/11ページ)

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福島正則(画像:Wikipedia)

……この時七人の者は三成をうちもらせしをいきどほり。伏見まで馳来り。是非討果さむとひしめく所に。かく理非を分てねもごろの仰なれば。さすが盛慮に背きがたく。まげて従服し奉りぬ。されど三成かくてあらむも世のはゞかりあれば。佐和山に引籠るべしと仰られて。結城三河守秀康君もて護送せしめ給ひしかば。三成もからうじて虎口をのがれ。己が居城に還る事を得たり。……

「おのれ、治部めを討ち損じたわ!」

七将は家康の元へ逃げ込んだ三成を討つことが出来ず、地団駄を踏む思いだったことでしょう。

やむなく兵を引き上げて行った一方、家康は三成に謹慎を命じます。

「そなたを守って何もせぬでは、連中も気が済むまい。しばし近江佐和山にて落ち着かれよ」

「……忝(かたじけな)い」

伏見から佐和山への道中は危険なので、家康は次男の結城秀康に護衛させ、三成は無事に帰り着いたのでした。

……そのそも三成 当家をかたぶけ奉らむ等とはかりしこと一日に非ずといへども。またその窮苦を見給ひては。仁慈の御念を動かし救済せしめたまふ御事。さりとは寛容深仁の至感ずるにあまりありといふべきにぞ。(天元實記。)

※『東照宮御実紀附録』巻八「加藤清正等七将興三成確執」

かくして収まった七将の三成襲撃事件。

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