「どうする家康」鳥居元忠の最期、実際はどうだった? 第42回放送「天下分け目」振り返り (10/12ページ)
法名日浄。
※『寛政重脩諸家譜』巻七百四 藤原氏 道兼流 宇津宮支流 大久保
……三河一向一揆・姉川合戦・三方ヶ原合戦・長篠合戦・高天神城攻め・小牧長久手合戦をくぐり抜けた歴戦の勇士です。
関ヶ原でも使番として家康に供奉しており、のちに御徒頭(おかちがしら。歩兵隊長)にまで出世しました。
何だか泣きわめいて腹を切る切らない印象しか残ってないかも知れませんが、実は凄い人物だったんだと知って貰えたら嬉しいです。
みんなで仲良く、お手紙書き書き大作戦!
伏見落城の悲報を前に、神の君は持っていた筆をポロンチョ、コロリ。
(できれば筆は鉛筆のように握るより、立てて使われた方が美し……いや、戦国時代は書法が確立してなかったのかも?)
明らかに見捨てたのに、わざとらしくショックを受けたような描写は、これは狸ぶりを表現したのでしょうか。そういうのを身内だけの場所でやっても……。
それはそうと。みんな揃ってお習字?していたので一体何事かと思ったら、諸大名を調略する書状をしたためていらしたんですって。
「腕が折れるまで書く(キリッ)」
素敵カッコよく決意を述べられるイケメン神の君ですが、あの殿、畏れながら……。
一、戦国時代には右筆(ゆうひつ)という素晴らしい代筆サービスがございます。
一、いざ決戦まで一ヶ月に迫った段階で書状を出すのは遅すぎではないでしょうか。