「どうする家康」鳥居元忠の最期、実際はどうだった? 第42回放送「天下分け目」振り返り (7/12ページ)
こゝにをいて孫市重次、元忠が首を得て実検に備ふ。三成これを公卿臺にすへて、大坂京橋口に梟首す……
※『寛政重脩諸家譜』巻五百六十 平氏(支流)鳥居
【意訳】元忠と共に討死した者は一族57名、その他兵が700余り、雑兵が数百人に及んだ。
雑賀重次は元忠の首級を首実検に備え、三成はそれを梟首(きょうしゅ。さらし首)とした。
……かくして伏見城は陥落。決戦の火蓋が切って落とされたのでした。
コラっ、正信&康政!第二次上田合戦について
これまた有名なエピソードですね。
「真田の狙いは、我らをここに引き止めておくことですからな」
……え?最初から分かっていたならさっさとそう言えばいいのに、本多正信(松山ケンイチ)も榊原康政(杉野遥亮)も人が悪いですね。
真面目にやってるんですか?特に正信は他人事っぽく言っていましたが、何のために家康は「知恵者」二人を秀忠につけたと思っているのでしょうか。
こういうのを「火事場跡の賢者顔」というのです。後からあーだこーだ評論するなら誰でも出来ます。
何だか秀忠だけがその時代を生きていて、二人は未来を知っているかのようでしたね。
もし劇中で正信らが先を急がせ、秀忠が真田にこだわって上田城を攻め続けるといった場面があればともかく、そういう描写もありません。