「どうする家康」鳥居元忠の最期、実際はどうだった? 第42回放送「天下分け目」振り返り (8/12ページ)
(そのくらい想像で補え、という意見もあるようですが、その背景描写も含めてのドラマです)
視聴者にしてみれば「秀忠だけ将器がないと言わんばかりの口を利いてるんじゃないよ。正信も康政も同罪かそれ以上だよ」とツッコミを入れたくなってしまいますね。
かくして、二度にわたり真田昌幸の術中にはまってしまった徳川勢。
いわゆる第二次上田合戦について、かつては「徳川秀忠の暗愚により、足止めばかりか大損害をこうむった」とされて来ました。
しかしそれを裏づける史料が決定打に欠けるようで、近年の研究では小競り合いに過ぎなかった可能性も考えられているようです。
ちなみに、意気揚々と上田城内へ引き揚げてきた真田信繁に対して、昌幸は天井から垂れ下がっている布切れを寄越しました。
どうやら包帯代わりのようで、特にタネも仕掛けもないものと思われます。
時代風俗的にこんな汚らしいことは実際しなかろうな、だから何か意味があるのかと思ったら、別にそうでもありませんでした。
以前のキャンドルテーブルもそうですが、物語上の意味がない奇抜なインテリアは、気が散ってしまうため控えて欲しく思います。
真田昌幸は関ヶ原の戦後、流罪に処されてそのまま亡くなるため、出番はこれで実質終了でしょう(最期のシーンくらいは出るかも)。お疲れ様でした。
かくして真田信幸(吉村界人)と真田信繁の兄弟は袂を分かち、別々の末路をたどることになります。