大河『べらぼう』煙草の罠、謎だらけの死、白湯の意味…平賀源内(安田顕)の去りいく背中を惜しみつつ考察【後編】 (7/10ページ)
源内が再始動することを恐れた何者かが毒を仕込んだのか、それとも意次による温もりの差し入れなのか。すっと腕に近寄った源内の姿のところで場面は終わりました。
筆者としては、笑みを浮かべた源内の表情を見ると「極寒の牢にいる身を慮り内緒で意次が温もりを差し入れてくれたのかも」と受け取ったように見えました。
気力を取り戻しかけたことを恐れた何者かが、寒さに震える源内に毒入りの白湯を差し出したと想像すると、非常に無念に感じます。
「非常の人」源内の生き様や偉業は現代にも引き継がれる安永8年(1779年)12月18日。享年52歳で獄死した平賀源内。
史実として伝わる話でも、牢獄での死因はいくつかあります。大工の久五郎を斬ったときに自らも負傷し、その手当をきちんとしないままに投獄されたので不衛生な牢内で悪化してしまい死を招いたという説。自らの身を嘆き、食事にも水にも手を付けずに望んで衰弱死したという説。源内が亡くなったのは、正式なお沙汰が下される前で、突然の獄死は江戸の人々に大きな衝撃を与え、さまざまな憶測を呼んだそうです。
埋葬にも謎が多く、橋場の総泉寺に埋葬されたとさますが、遺体は秩東作が引き取った、遺体は引き渡されず公式には埋葬されなかった、親族(甥や姪など)引き取ったなどの説があります。