これは歴史的冒涜か?盲目的な愛か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題を考察【後編】 (2/11ページ)

Japaaan

西大寺に伝わる孝謙天皇像(Wikipedia)

男系継承の原則に基づく女性天皇として即位

孝謙天皇即位3年後の752年(天平勝宝4年)、東大寺大仏の開眼法要が行われたが、756年(天平勝宝8年)、聖武天皇は崩御し54歳の生涯に幕を閉じた。

東大寺盧舎那仏像(Wikipedia)

聖武天皇は遺詔により、孝謙天皇の皇太子として、天武天皇の皇子・新田部親王の子である道祖王(ふなどおう)を立てた。これは、孝謙天皇が男系継承の原則に基づく女性天皇として、生涯独身を貫き、子を残さないことを前提とした措置であった。

こうして孝謙天皇の時代が始まったが、その治世は大きく二つの時期に分けられる。

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