これは歴史的冒涜か?盲目的な愛か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題を考察【後編】 (10/11ページ)
ましてや、女性と関係を持つことなど決して許されなかったのである。
このように考えると、孝謙天皇は父・聖武天皇から受け継いだ「仏教による鎮護国家」の理念をもとに、仏教政治を推進するために道鏡を登用・寵愛したのではないだろうか。
しかし、道鏡を天皇位に就けようとしたのは行き過ぎであり、当然ながら貴族や官人たちの強い反発を招いた。
それでもなお、孝謙天皇が頑なにその推進を試みたのは、皇統維持のために女性としての幸せを犠牲にせざるを得なかったことへの、せめてもの抵抗であったのかもしれない。
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