これは歴史的冒涜か?盲目的な愛か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題を考察【後編】 (1/11ページ)

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これは歴史的冒涜か?盲目的な愛か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題を考察【後編】

奈良時代後期の769年(神護景雲3年)、九州・大宰府から朝廷に「僧・弓削道鏡(ゆげのどうきょう)を天皇に立てれば、天下は泰平となる」との宇佐八幡宮の神託が伝えられた。

この神託を大いに喜んだ孝謙(称徳)天皇は、その真偽を確かめるべく宇佐八幡宮に使者を遣わした。しかし、同宮からは「天皇の位は必ず皇統の血を引く者が継ぐべし」との託宣が下り、道鏡の即位の企ては阻止されることとなった。

初代・神武天皇以来、「万世一系」を原則としてきた天皇家において、なぜ孝謙天皇は、皇族の血を引かぬ一介の僧を皇位に就けようとしたのか。

【前編】の記事はこちら↓

盲目的な愛の果てか?歴史的冒涜か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題とは【前編】

[後編]では、皇位に就いた後の孝謙天皇と道鏡との関係、そしてその皇位擁立の真相について考察する。

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