【豊臣兄弟!】後に藤吉郎(秀吉)と対立し非業の末路…戦国武将・佐々成政(白洲迅)の壮絶な生涯 (7/7ページ)

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どうせ死ぬなら、この世の置き土産として、自分を破滅に追いやった厄難を天下にばらまいてやろうとでも思ったのでしょうか。

時に天正16年(1588年)閏5月14日、実に壮絶な最期でした。戒名は成政寺庭月道閑大居士、墓所は慈眼寺(京都市上京区)などにあります。

終わりに

今回は佐々成政について、その生涯をたどってきました。何度も秀吉に敵対し、それでも肥後一国を与えられながら、失政の咎で切腹に追い込まれた最期に無念を禁じ得ません。

果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、小一郎や秀吉とどのような関係を描いていくのか、白洲迅の好演に期待です。

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※トップ画像:NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式Xより

※参考文献:

萩原大輔『シリーズ・織豊大名の研究 第十一巻 佐々成政』戎光祥出版、2023年8月 花ヶ前盛明 編『佐々成政のすべて』新人物往来社、2002年2月

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