朝ドラ『風、薫る』フユの夫・永田康介(じろう)への看護訪問は重要な伏線?日本初「看病婦」は戊辰戦争で誕生した (6/11ページ)
本当は、いろいろやって欲しいことがあった康介。(NHK「風、薫る」公式サイトより)
戊辰戦争で、日本初の「女性看病婦」が雇用される永田フユのモデル「吉村セイ」は、帝国大学医科大学第一病院(現在の東大病院)が、横浜で軍陣病院として開かれた頃から20年に渡り働いてきた大ベテランで、引退を控えて熱心に後進の指導にあたったそうです。
セイは、「戊辰戦争で軍人だった夫を失い軍陣病院で看病婦として働くようになった」そうですが、なぜ看病婦という仕事を選んだのか理由は不明です。
そのセイの夫が命を落とした戊辰戦争で、日本初の「女性看病婦」が雇用されました。
『日本初の女性看病人誕生の背景』という資料によると、
〜現存する資料から、日本で最初に女性看病人が雇用されたのが慶応4年4月24日、戊辰戦争の壬生城内(現在の栃木県下都賀郡壬生町)であった。
この女性看病人に関する資料は弘田親厚著『慶応四戊辰会津征討日記 弐の巻』のみであり、どのような女性が雇用されたのかは不明である。〜
そうです。