『豊臣兄弟!』“愚かな二代目”、丹羽長秀の嫡子・長重はなぜ徳川幕府で大復活できたのか?【後編】 (1/9ページ)
「将軍の恩を第一として、幕僚と円滑に付き合い、徳川幕府への忠勤に励むこと。だが、機転を利かせすぎたり、媚び諂うのはよくないことだ」
これは、大河ドラマ「豊臣兄弟!」で池田鉄洋が演じる丹羽長秀の嫡子・丹羽長重が残した遺言とされる言葉です。
[前編]では冷静沈着なユーティリティープレーヤーとしての丹羽長秀の生涯を紹介しました↓。
『豊臣兄弟!』“いい人”の裏にあった汚れ役の真実…信長・秀吉の間を巧みに生きた丹羽長秀の生涯【前編】[後編]ではその血を色濃く引き継ぎ、秀吉・家康・秀忠という天下人の治世を生き抜いた丹羽長重の一生をひも解いていきます。
120万石からわずか4万石へ。長重を襲った相次ぐ減封
丹羽長重は1571年(元亀2年)、丹羽長秀の長男として生まれました。幼名は鍋丸といい、通称は父と同じ五郎左衛門を名乗っています。母親は織田信長(小栗旬)の養女・桂峯院でした。
