【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第29話 (11/12ページ)
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みつは思った。
国芳の目を通して見た浮世は、いつの時もこんなにも眩しかったのだと。
・・・・・・
秋の雪。
八朔の日の花魁の白無垢を雪に例えて、人はそう呼んだ。
今、みつの薄墨の瞳からこぼれる雪の華ような涙が風に攫われて空に舞う。
泣いている、紫野花魁が瞬きもせずに泣いているぞ、と最前で国芳の絵を掲げている遊客たちが嬉しそうに声を上げた。
泣いている、という声を聞きつけて、直吉が振り返らずにそっと言った。
「勝ちやしたね、花魁。・・・・・・」
ふれる英泉の立派な屏風絵よりも、すぐに手に取れる頼りない薄い紙にびっしり濃厚に描き込まれた国芳の絵が確かに江戸の人々の心を動かしたのだと、みつは八文字を踏みながら思った。
岡本屋紫野花魁の名を刻んだ提灯が、厳かに仲之町を進んでゆく。
・・・・・・
引手茶屋の間口に、壁にもたれて腕組みをしている一人の男が見えた。手ぬぐいを被っているために、くちもとしか見えない。
それでもみつには分かった。
「国芳はん」。
みつは直吉にも聞き取れないほど小さく、その名を呼んだ。
「国芳はん」
今度は少し大きく呼んだ。直吉の肩がほんの僅かに動揺したのにも気が付かないほど、みつは夢中でその影をめざして外八文字を踏んだ。
腕組みをしていた男が、ついとあごを上げた。
「おみつ。