【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第31話 (15/19ページ)
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「雷震のじいさん、名を五両で売ったって言っていたが、そんな高く売れるなんざ、前はなんてえ名だったんだ」
「『北斎』さ」
「え」
国芳が、提げていた銭差しを地面に落とした。
「ほ、北斎い!?」
北斎自画像
「ああ。あーしの師匠の一人だ。知ってるか」
「知ってるも何も、知らねえ奴なんざ居るのか!?北斎は昔ッからわっちの心の師匠だぜ!?」
昔、一度だけ北斎の姿を見に行った事もある。
文化十四年に北斎が合羽干場の寺の境内で百二十畳の巨大な馬の絵を描くという派手な見世物を行った時、国芳は兄弟子の国直に連れられてこっそり火の見櫓の上から隠れ見た。あの時の感動は、今の国芳の原動力と言ってもいい。
「参ったなア、あのじいさんが、北斎かえ!?参ったなア!」・・・・・・
国芳は慌ててしゃがみ、地面の銭差しを拾った。その手が震えている。もとはと言えば英泉が「もう一人の《ふらふら》に会わせる」などと言ったから、てっきり同い年くらいのうだつの上がらない絵師に会わされるものと思って何の思案もなく付いてきたのだ。