【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第31話 (16/19ページ)
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それが、長年憧れ続けてきた北斎と会う事になるとは。もっといい服を着てゆけばよかった、と考えてから、北斎はもっとひどい恰好だった事を思い直す。
「なに、そんなに好きだったか。初めに教えときゃアよかったな」
英泉は予想以上に取り乱した国芳を見て、申し訳なさそうに言った。
「北斎の師匠はわっちの事オひどく買いかぶってくれはしたが、期待に沿えずにひらひらどこかに飛んで行って、そこらへんの木にでも引っかかっちまったらどうしよう」
国芳は急に弱気な事を言った。北斎と約束したものの、依然として大した仕事もないのが現状だ。
「なあに、あーたは売れるよ」。・・・・・・
「え?」
英泉の意外な一言に、思わず国芳は首をひねった。
「鉄さんは滅多に弟子の名前なんて覚えねえ。だが、さっき師匠はあーたの事を、自分から『国芳』と呼んだ。鉄さんが名前を覚えた奴ア、よほど見所のある奴に決まってらア。あーたは、かならず売れるよ」、
それに、と英泉は付け加えた。
「それに、そういう奴じゃなきゃ、あーしがあの『北斎』に会わせたりしねえよ」。
「英泉師匠」・・・・・・
「憧れの北斎」に図らずしも会ってしまった国芳は、気持ちが落ち着くまで友人の佐吉の居る家に真っ直ぐ帰る気になれず、少し足を伸ばして英泉と二人で隅田川沿いの百本杭の辺りを歩いた。