「天皇陛下のお言葉」国民と家族を愛した真心に触れる (4/10ページ)

日刊大衆

「これは私たちだけに対するものでなく、日本と日本国民に対するものと思い、心から感謝しています」(昭和35年10月 日米修好通商100周年の記念式典で)美智子さまと、夫妻そろって訪米した際にアメリカ国民から歓迎されたことへのご感想。ディズニーランドではウォルト・ディズニー自らが案内した。

「国と国との友好も結局は人間関係です。私はそのベース作りをしたい」(昭和45年 記者会見で)第二次世界大戦における旧日本軍の占領地だったマレーシアとシンガポールご訪問にあたってのお言葉。10日間にわたって東南アジア2か国を訪問した。

「日本人はもう少し暇を持つべきです。そうであれば、公害にも早く気がついたと思います」(昭和47年8月 夏の記者会見で)高度経済成長下の日本で、性急な経済成長の“代償”として水俣病やイタイイタイ病などの公害訴訟が起きていた。こうした現状へのご感想として。

「(天皇は)明治以降、政治に関わりをもたれたこともあったが、本来は政治から中立的で、それらを超えたものであり、今後もそうあらねばならないと思っています」(昭和47年12月 39歳の誕生日の記者会見で)沖縄返還の年に39歳の誕生日を迎え、皇室と政治との関わり合いについて語ったお言葉。天皇の立場についてのお考えを表している。

「四十にして惑わずというけれど、惑いはありますよ。惑いつつ進むというのが普通じゃないでしょうか」(昭和48年12月 40歳の誕生日の記者会見で)40歳のお誕生日を迎えた陛下が「不惑の年」(となったことの感想を求められて。一人の人間としての心の内を率直に明かした。

「払われた多くの犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく」(昭和50年7月 沖縄で)沖縄を初訪問した陛下のお言葉。「人々が長い年月 をかけて、これを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくこと以外には考えられません」と続く。

「日本人が外国へ行けば、一人一人が広い意味で外交をしていることになる」(昭和50年12月 23日42歳の誕生日の記者会見で)日本人の海外旅行が急速に増加し、戦後初となる昭和天皇の欧米訪問が成功したことから、「皇室外交」について質問された際のご感想。

「「天皇陛下のお言葉」国民と家族を愛した真心に触れる」のページです。デイリーニュースオンラインは、ドナルド・トランプ天皇夫婦喧嘩ワールドカップ田中角栄社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る