【小説】ひと夏の恋、永遠の恋。/恋愛部長 (5/16ページ)
パリの街も刺激的で面白いが、やはりフランスは、大いなる田舎の国だ。パリを電車で少し走れば、すぐに田園風景に取り囲まれる。まるで、小さな石の街を、大きな田舎で取り囲んでいるようなものだ。
いま取り掛かっている新しい化粧品のパッケージのインスピレーションをもらいに、南仏へ旅することは素晴らしいアイディアに思えた。
あの夏のことは、たぶん、一生忘れることはないだろう。
車窓から眺めるどこまでも続く豊かな田園。その背景に突如そそり立つ岩山の地肌に、まるでミニチュアのように可愛い街並みが、中央のキリスト教寺院を取り囲む形で、所狭しと軒を並べている。
空も畑も、昔見た印象派の絵画そのままの色合いで、むしろ写真のようにこの風景を切り取っていたのだと言うことに驚いた。■一瞬の隙に奪われたもの
和紗は、フランス人のデザイナーとは途中で別れ、1人で南仏の観光地を回ることにした。
小さなシャトーホテルに宿を取り、ゴッホが生きた街でカフェを飲み、ゴッホの跳ね橋の前で、しばし佇んでみた。
徐々に日が長くなり、夜はいつまでも白々と明るい夏への日々。まだ明るい通りのカフェでワインを飲み、ボーっとしていると、これまでの心の中に溜まった澱が、ゆるゆると溶け出していくようだった。
「おい、あんた」
突然かけられた日本語に、一瞬反応が遅れた。
「・・・・・・?」
咄嗟に、何語で返していいか思考がもつれて、振り返った時には、その背の高い男に腕をつかまれて、椅子から引きずり上げられていた。
「バッグどうした? やられてないか?」
親指でくいっと後ろを指す。見れば、椅子の背に引っかけてあったハンドバッグがない。
「あーーっ!」
驚いて、周りを見回したが、和紗のハンドバッグは煙のように消え失せていた。和紗の腕をつかんだまま男は、呆れたようにため息をついた。
「あんた、日本の旅行者か。いくら田舎だって、背中にバッグ引っかけておく馬鹿がどこにいる? 持ってってくださいって言ってるようなもんだろ」
背が、ずいぶん高い。浅黒い肌に漆黒の髪。