【小説】ひと夏の恋、永遠の恋。/恋愛部長 (10/16ページ)
一度、離れてホームに向かおうとして足を止め、踵を返してマサシに駆け寄り、抱きついた。最後に、一度だけ、長い長いキスをした。
列車の窓からホームは振り返らなかった。あまりにあっけなく列車は出発し、スピードを上げて、懐かしい景色を後ろに吹き飛ばして行った。
すぐに、恐ろしい喪失感に、打ちのめされた。
目に飛び込んでくる車窓の風景が、まだ南仏の懐かしい夏の色をそこに宿していて、ただそこにいないただ1人の人間の不在を大声で告げているようだった。
どうして、私は、彼と別れて来てしまったんだろう?
和紗は喪失感に押しつぶされそうになりながら、考えた。
どうして、あのまま彼についていかなかったんだろう。もうここに、彼はいない。彼は、永久に、失われてしまったのに。
窓の外を流れていく、日を受けて黄金色に輝くなだらかな丘陵を見ながら、和紗はただただ静かに涙を流した。
パリに着いた時は、正直少しホッとした。
田舎の風景の中にいたら、否が応でも思い出してしまう、この夏の日々のことを、せめて街中では思い出さず済むだろうからだ。
だが、そう思ったのは早計だった。一晩開けて、窓を開けると、石造りの街並みを見ても、やはり、そこにはない田園風景の幻を追ってしまう。そこにはいない男の影を追ってしまう。そして、ただただ切なくて胸が苦しくなるのだった。
どうしようもなくて、ケータイで、1日に1度はマサシにメールをした。内容は他愛もないことだった。そして、最後に必ず、jtbと記した。
フランス語の略語で、「キスを、あなたに」。
マサシからの返事は、ほとんどなかった。きっと、メールは苦手なんだろう。ぶつくさと言う彼の低い声が聞こえてくるようだった。それでも、送らずにはいられなかった。
マサシと離れていることがつらく、毎日が砂をかむように虚しかった。