日本橋、遊郭、長屋…浮世絵で見る、江戸時代を生きる人々のタイムスケジュールはどうなっていた?【最終回】 (11/11ページ)

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江戸時代の人たちと自然との関係性

もともと江戸時代までの日本人は“太陽が昇るころから活動を始め、太陽が沈めば活動を終えて眠りにつく”というように、自然とともに生活してきました。

江戸時代に“時刻”という意識をもつ段階に至っても、その時刻は“太陽の昇るときと太陽が沈むとき”をベースにつくられたものです。

日本人は古来より森羅万象に神が宿ると信じてきました。神にも魂があり、その魂が和やかなときは、植物を実らせ人々に五穀豊穣を与えます。

しかし神の魂が荒ぶる時、それを“神の怒りにふれた”とか“神の祟り”と考え、人間にはどうすることもできない災厄などを起こすと考えたのです。

そこで人々は神の荒ぶる魂を収めるため「祭祀」つまり神を祀り、供え物をし、感謝の意を表して、五穀豊穣を祈り鎮魂をしたのです。

「妖怪」とは神の“荒ぶる魂”として祀ることをされなかったもの、認められなかったものが変じて「妖怪」となったと言われています。

例えば“河童”は妖怪のトップに思い浮かぶような存在ですが、実は“河童”は「水の神」の使いであるという説もあります。

まとめ

江戸時代の人達は、現代の日本人よりも自然の森羅万象に心を寄せ、自然に寄り添って生きていたと思われます。その感受性こそが江戸の人々の毎日の行動に影響を与えていたのでしょう。

これは日本人の美徳とも言えます。現在を生きる私達人間が、今や自然を脅かす存在になっていることを思うと、江戸に生きる人達の生き方を見直すことには価値があると言えるでしょう。

【完】

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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