大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のクライマックス!承久の乱はなぜ起きたのか? (4/8ページ)
「そんなの、北条の傀儡(かいらい。操り人形)ではないか!断じて認めぬ!」
かくして朝廷と幕府の対立は激化していくのですが、果たして後鳥羽上皇が「幕府を滅ぼそうとしていたのか」あるいは単に「北条一族のみを排斥し、鎌倉幕府自体は残そうとしたのか」については諸説あるようです。
確かに、鎌倉幕府自体を滅ぼしたいのであれば、京都にいた三寅の鎌倉下向を認めなければいい話であり(もし幕府側が拉致でもしようものなら、それこそ逆賊です)、東国武士たちを制御する幕府システムは朝廷の管理下において存続させた方が好都合とも考えられます。
「討ち滅ぼすは北条一族のみ、他の武士たちについては安全を保障してやれば、こぞって我らに味方するであろう!」
そう読んだ後鳥羽上皇らは周囲の反対を押し切り、北条一族を討伐するべく挙兵に踏み切ったのでした。
最後にして最大のピンチを打破した、政子の演説さぁ大変です。