大河ドラマ「青天を衝け」にも登場する大司法家! 近代司法の確立に尽力した初代大審院長・玉乃世履の生涯 (11/12ページ)
そういった苦悩とは裏腹に、同年10月には自身が正四位に叙任。思い悩む日々が増えていったようです。
愛刀で命を絶つ
明治19(1886)年8月7日、世履は従三位に叙せられています。
三位以上は公卿と呼ばれる身分です。
かつての律令制の時代ともなれば、国家運営の中心に据えられるほどの高位でした。
有名無実になったとはいえ、世履の働きが大きく評価されていたことは確かです。
しかし翌8日、世履は自宅二階で愛刀・備前祐定に伏す形で、自らの首を突いて自刃しました。享年六十二。墓所は谷中霊園にあります。
大審院長在職中の自殺でした。
自殺の原因は諸説あってはっきりしていません。
確かなことは、世履が近代国家の司法整備を行い、高い能力と責任感を持って臨んでいたということです。