大河ドラマ「青天を衝け」にも登場する大司法家! 近代司法の確立に尽力した初代大審院長・玉乃世履の生涯 (3/12ページ)

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岩国藩では世履が農兵による北門団を結成。長州藩同様に洋式の軍隊調練を行っています。

長州征伐で世履ら北門団は縦横無尽の活躍をしていました。

北門団は山間道の戦いで井上馨に加勢。さらに海岸道に援軍を送り、長州勢の兵站線を受け持っています。

いわば戦の帰趨は世履にかかっていました。

結果、長州軍は幕府軍に大勝利を挙げています。

間もなく将軍・徳川家茂が大坂城で病没したことで、休戦協定が締結。幕府の権威は大きく失墜しました。

戦後、世履は藩内において重臣である用人役に抜擢。岩国藩を代表する立場となっていきます。

岩国城

新政府の裁判官

慶応3(1867)年10月、将軍・徳川慶喜は朝廷に大政奉還を行います。

江戸幕府は消滅しましたが、いまだ慶喜は将軍職にあり旧幕府軍は隠然たる力を持っていました。

さらに新政府へ徳川家参加を求める勢力もいたため、いまだ水面下で勢力争いが続いていたのです。

12月9日、小御所会議が開催。王政復古の大号令が発布され、新政府樹立と将軍職の廃止が決定されます。

同日、世履は日新隊を率いて上洛。来るべき決戦に備えていました。

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