大河『べらぼう』殻をぶち破った恋川春町、史実では幕府をも皮肉りついに出頭命令…そして悲しき最期【後編】 (9/11ページ)

Japaaan


1788(天明8)年には、北尾重政(橋本 淳)の門人で、絵師の北尾政美(高島豪志)に絵を担当させて、『悦贔屓蝦夷押領』(よろこんぶひいきのえぞおし)を、蔦重のもとで発表します。

恋川春町『悦贔屓蝦夷押領』(東京都立中央図書館所蔵) 出典: 国書データベース,https://doi.org/10.20730/100053683

「義経の鎌倉追放は兄・頼朝と示し合わせて蝦夷地の物産を鎌倉にもたらすためだった」という内容の黄表紙でした。時代背景は鎌倉時代で源義経を登場させてはいるものの、田沼意次のもとで賄賂が横行していることを揶揄した内容になっていたそうです。

けれどもその年に大きな話題となったのは、同年、やはり蔦重プロデュースで出版した、喜三二作の『文武二道万石通』(ぶんぶにどうまんごくとおし)で、鎌倉時代に源頼朝が文武の功績者を調べさせたところ……というような話で、現実世界で同じ命令をした、老中の松平定信を思いっきりあてこすった内容だったとか。

親友の喜三二の本が大ヒットしたのに刺激されたのか、1789(寛政元年)に蔦重のもとで、やはり絵は北尾政美に任せ『鸚鵡返文武二道』(おうむがえしぶんぶのふたみち)』という作品を出しました。

この内容がまた、さすが「皮肉屋の春町」。

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