日本最古の悲恋!十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察〜幼馴染みから政治の犠牲に【後編】 (9/11ページ)

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マルコ山古墳(撮影:高野晃彰)

埋葬施設や副葬品などをみると同じ聖なるゾーンに存在し、壁画古墳として有名なキトラ古墳、高松塚古墳と非常によく似ており、どの古墳も天武あるいは天智の皇子クラスの被葬者が想定され、しかもこの3つの古墳は連続して造られた可能性が高いと考えられているのです。

ちなみに墳丘の大きさは、マルコ山が約24m、高松塚が約20m、キトラが約14mで、同時期に築造された古墳であれば、その規模は通常、被葬者の地位や功績に相応しいものとなります。すなわち、規模の順に被葬者を考えると、マルコ山古墳→高松塚古墳→キトラ古墳の順番となるのです。

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