『豊臣兄弟!』蜂須賀正勝が龍野城主になった裏で…城を奪われ“天空の城主”となった赤松広秀の悲劇の最期 (2/10ページ)

Japaaan

龍野城埋門(Wikipedia)

龍野城を失った赤松広秀、その後の運命とは

今回は、結論から申し上げましょう。

本稿で取り上げる赤松広秀は、律儀で正直な人柄と、なによりも家臣や領民を大切にした領主として伝えられています。

いや、戦国武将のなかでも、ひときわ領民を思いやった人物だったと断言できるのです。

しかし広秀の最期は、そのような生き方が報われることのない、あまりにも悲劇的なものでした。

豊臣兄弟とその仲間たちの栄達の陰で、善良な男が戦国という時代の大きな渦にのみ込まれていったのです。

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