【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第22話 (6/12ページ)
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「なにか、不都合がありいしたか」
「いや、大丈夫だ」
「では、御手水に?」
「いや、ただ、その、・・・・・・今日がいろいろ初めてだったもので、びっくりして眠れねえだけだよ。羞ずかしいけれど」
国芳は、後ろ頭を掻いた。
子ども相手に何を言っているのだろう。
ますます羞ずかしさがこみあげて、赤面した。
「そうだ」。
国芳はぱっと思いつき、懐から紙と矢立の筆を取りだした。
そして、角行燈の下でさらさらと素早く何かを描きつけた。
「これ、何かわかるかえ」
「なあに」
二人は小さな頭をもたげて、国芳の絵を覗き込んだ。あどけない二つの顔が、灯に赤く照らし出された。
「歌舞伎だよ。中村座の『遅桜手爾波七字』の越後獅子。今年の新作だぜ」
「ふうん」
「分かりいせん」
「越後獅子、知らねえのか」
「はじめて見いした」
そうか。
国芳は胸を衝かれた。
この子どもたちは、ほとんど妓楼から出られないために、娑婆で当たり前の大道芸すら知らないのである。
「じゃあ、これは」
さらさらとまた別の紙に描きつける。
ぱっと子どもに見せると、二人はきゃっきゃと笑った。
「こら、姐さんが起きちまうよ」
と叱りつつも、そうか、そんなに面白いかと国芳は嬉しくなった。
描いた絵は、狐やガマや猫が可笑しな格好でひょうきんに踊っている、それだけの戯れ絵である。
禿たちがもっともっととせがむので、国芳は動物たちの手に凧を描き加えた。
「凧は知ってるかえ?」
「知りいせん。面白いの?」
「面白いぜ。正月になりゃ皆やるんだ」
「どういうの?」
こういうのだ、と国芳は自分が描いた絵を指しながら説明した。