【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第22話 (10/12ページ)

Japaaan

「ず、ずりいや鯛兄イ!国貞の兄さんが一緒だなんざ、言わなかったじゃねえか!」

「だから今、お前自身が言っていただろう。これは、罠だと」

見下ろす目が記憶と違わず冷たい。

「そ、そんな・・・・・・!」

「明日」、

国貞は、ぴしゃりと言う。

「かならず先生の工房まで来い」

「それア!」

国芳は咄嗟に言い返した。

「国貞の兄さん、それア本当に、父っつぁんの思し召しかえ?」

「何故、疑う?」

「父っつぁんが、わっちに会いてえなんざ」、

国芳の胸が詰まった。

「言うわけねえもんよ」。

突然弱々しくなった国芳の声を聞いて、国直が心配そうな目をした。

国芳が工房に通わなくなったのを咎めずに庇ってしまったのは国直である。弟分の可愛さにその行為を許してしまった国直も、少なからず責任を感じているようであった。助け舟を出そうと国直が何か口を挟もうとした時、

「いいや」、

と国貞が言った。

「先生が、明日お前を連れて来るようにと仰ったのさ。私はそれを伝えに来ただけだ」

国貞の声は、心なしか柔和であった。

「兄さん、でも・・・!」

「国芳」、

あまりその名を呼んだこともない国貞が、静かにその名を呼んだ。

「時間がもう、ない」。

国芳は静かな声で落とされた大きな衝撃に、びくりと顔を上げた。

「え?・・・・・・」

「先生はもう、・・・・・・相当悪い」

「え・・・・・・」

国芳の声が掠れた。

「明日の辰の刻。待っている。かならず、来ておくれ」

国貞は静かに国芳に向かって頭を垂れた。

きちんと清潔に剃られた月代と程良く散らした刷毛先が、国芳の目に鮮烈に映った。

否、その衝撃は鮮烈を越して違和感すら伴っていた。

なにしろ、いつも冷ややかに国芳を見下ろしていた国貞の頭のてっぺんなど見たことがない。

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