【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第22話 (9/12ページ)
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菊慈童だよ」
「へっ。菊慈童が聞いて呆れらあ。なあ。どの口が言ってんだ?なあ?」
国直は笑いながら国芳の頬を両手でつまみ、にいーっと横に引っ張った。
「あだだだだ!やめて鯛兄イ!ちょっとした洒落じゃねえか!」
頬を抓まれた国芳は涙を浮かべて笑った。
国直は国芳の端正な顔を歪めて遊んでひとしきり笑うと、ようやく手を離した。
国芳の頬が赤く痕になっている。
「懲りたな。それはそうと、今日来たのアな、言伝があるんだ。父っつぁんの具合が良くねえのア知ってるだろう。こないだ俺ア見舞いに行ったんだが、実は国貞兄さんからおめえに言伝でなア」、
国直が言いづらそうに手を擦り合わせて、
「明日、父っつぁんを訪ねるようにと」。
「うん、分かっ・・・・・・あ!?ええッ!?」
いつもの調子で生返事しかけた国芳は飛び上がった。豊国とは決別してもう随分会っていないのである。国直は念を押した。
「明日。かならずな」
「ええっ、それだけは!兄さん、それだけは勘弁しつくんな!」
国芳は手を合わせて、頭の上までその手を振り上げて請うた。
「馬鹿言うな。師匠の仰言った事だ」
「勘弁信濃の善光寺!」
「洒落たって駄目だよ」
「父っつぁんがわっちの事呼び出すわけねえや!そっ、それア、あいつだ!国貞の罠にちげえねえ!」
「まあ、おめえはそんな事を言い出すだろうと思って」、
国直は横に隠れている誰かに向かって手招きした。
「あ、・・・・・・ああっ・・・・・・!」
国芳はその人物を見るや否や、腰を抜かして口をパクパクさせた。
「芳、・・・・・・相変わらずだな」
踏み場のない土間から、いつかと同じように国芳を見下したのは、あの狐のように切れ上がった目である。
着物の吸い付くような撫で肩、細い腰の先に結んだ貝ノ口、加えてその淡々と冷静な喋り口調は紛れもなく、
「国貞の兄さん・・・・・・!」
罠を仕掛けた国貞本人が、目の前に立っていた。